対談 上智大学グリーフケア研究所 島薗 進 所長、一般財団法人MOA健康科学センター 鈴木 清志 理事長

限りある人間の命の尊さへの自覚

鈴木 それは具体的にどういうことでしょうか。

島薗 長寿の研究を例に挙げると、それ自体はうれしいことです。私も若返りの薬があったら飲みたいです。でも90歳、100歳になってもぴんぴんしている人ばかりの社会を想像してみてください。さらに平均寿命が120歳、130歳になる時代が来るかもしれません。
 そうなった時に、今度は死にたいと言う人が増えるのではないでしょうか。その要望に応えることは、安楽死を認めることです。いつでも死が選択できる社会は、自死を肯定する社会だと言えます。

鈴木 臓器移植やクローン、iPS細胞などによる再生医療の問題など、医療倫理に関わることが、大きな関心事になっていますね。

島薗 昨年は、人の心臓や肝臓、脳などの原型となる組織を、ブタの胚の中で作ることができたとの発表がありました。この技術が進むと、人間と動物を区別する基準が分からなくなります。またゲノム編集という、遺伝子を改変する研究も進んでいます。「命の尊さ」の感覚がどんどん壊れていくように感じられてなりません。
 命は恵みである、命は授かりものである、人は自分の力だけで生きているのではない。こういう感覚を、今の生命科学は壊そうとしているところがありますね。その感覚が壊れると、人間社会の共通の価値観や、同じ人類だとの共通理解も崩れてしまいます。人の改造・改良ができるようになると、障がいを持った人などは改良されていないと見なされる。そして、そういう人は生きている価値がないと考えるようになるかもしれない。すでに、そういう考え方が始まっている気がします。

鈴木 私は以前に小児科医として勤務していましたが、大きな障がいを残すような病気が薬で治せるようになった時には、本当に素晴らしいと思いました。薬のおかげで、普通の子どもとして生きられるようになったのですから。しかし、障がいを持って生まれるのは間違いだと言われると、違和感がありますね。

島薗 限りある人間の命の尊さへの自覚を持つためには、命は恵まれているとか与えられているという考え方を育てていくことと、助け合うことが必要なのです。

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