慶應義塾大学看護医療学部 加藤 眞三 教授

スピリチュアルを科学の上に立ち上げる

──これからのスピリチュアルケアとは。

 それぞれの人が生きてきた中で大切にしている価値観や人生観があります。病気や困難が起こったために、その価値観のままでは希望が持てなくなってしまった状況が、スピリチュアルペインです。魂が叫んでいるのです。
 スピリチュアルケアでは、その人自身による、人生という物語の書き換えが必要になります。その一つに誰かが物語を与えてあげる方法があります。預言者や占い師によって行われるものです。でもそれでは何か問題が起きるたびにその人に聞きに行かなくてはいけなくなり、依存してしまいます。それは、スピリチュアルケアの本質ではないと私は考えます。
 その人自身が自分で物語を書き換えていく作業を手助けするのが本来のスピリチュアルケアだと考えます。どう生きてきたのか、どんな生活をしてきたのかを振り返ってもらい、こういう状況になればどのような価値観を変えていけば良いのかに気付いてもらうよう支援するのです。
 これはスピリチュアルペインをケアするための物語の書き換えという解釈ですが、本来のスピリチュアルケアとはその人の魂をケアすることなのです。そうした考えを持つきっかけとなったのは、ワルデマール・キッペス神父との出会いでした。
 キッペス神父は、日本で初めて『スピリチュアルケア』という本を出し、スピリチュアルケアの普及運動をしてきた方です。2回目にキッペス神父とお会いした時、「日本でスピリチュアルケアの普及を手伝ってほしい」と言われました。その日はキッペス神父が司祭として来日してちょうど50年目であり、私の50回目の誕生日でもありました。そういう不思議な縁が幾つも重なり、スピリチュアルケアをライフワークとしたいと考えるようになったのです。
 前後するように、宗教学者の島薗進先生や町田宗鳳先生、文化人類学者の上田紀行先生と出会い、またキリスト教や仏教、新宗教の信者でもある医師ら多数と知り合うこととなりました。
 そうした方たちと、魂とは何か、魂をケアするにはどうすればよいのかをオープンに話し合う集まりとして、2017年に「信仰を持つ医療者の連帯のための会」を立ち上げました。神仏や霊魂が存在するということを仮説的に前提として、話し合うための研究会です。
 科学とは、普遍性や客観性といった万人が認めるものを積み上げてできていくものですから、その発展の段階においては、証明の難しいスピリチュアルなものは外されてきました。そのため今の科学では、神仏とか霊魂はないものとして成立しているのです。
 しかし、医療分野における科学の発展は既にある程度まできています。臨床の経験からはスピリチュアルなものは外せないことを多くの人が実感しています。そこで科学の上にスピリチュアルを立ち上げるわけです。多くの医療者にスピリチュアルケアに対する理解が深まり、そうしたケアが当たり前のように行われるようになれば、患者さんの幸せにつながりますし、人間社会が豊かなものになると思います。そのためにも、まずはこの研究会を充実したものにしたいと考えています。

──貴重なお話をありがとうございました。

かとう・しんぞう
1956年生まれ。80年慶應義塾大学医学部卒業。医学博士。米国マウントサイナイ医科大学医学部研究員、東京都立広尾病院内科医長、慶應義塾大学医学部・内科学専任講師(消化器内科)などを経て現職。専門分野は健康科学・病態科学。患者のための医療情報リテラシーの普及と、終末期医療では日本でのスピリチュアルケアの普及を目指す。毎月、公開講座「患者学」を開催。『患者の生き方〜よりよい医療と人生の「患者学」のすすめ』『患者の力〜患者学で見つけた医療の新しい姿』(いずれも春秋社)など著書多数。

この記事は機関誌『楽園』76号(2019夏)に掲載したものです

 

information

加藤眞三先生は、2021年3月に慶應大学をご退職され、現在は医療法人財団玉川会理事、エムオーエー高輪クリニック院長として日々診療に取り組まれています
https://tokyo.moa-natural.jp/clinic/takanawa

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